椏彈の原点

▼植物に触れること

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以前住んでいた町は自然がある場所では無かった。

いわゆる田畑や山がなく、川(用水路はあったけど汚い)も護岸工事されていて、

いわゆる都会に住んでいた。

そんな町では人の手で植えられた公園であったり、

学校の校庭などが触れられる自然というものだった。

八幡神社がある公園では木々が植えられていて、一番自然ぽかった)

 幼い時は砂遊びが一番好きだったらしく(母曰く)

その流れで、道ばたの草花や幼稚園の花畑で花輪を作ったり、

ツル科の植物でマメがなれば拾って遊んだりくらいだった。

 

小学生になると、

夏休みとか長期休暇で、両親の実家(現在の住まい)に帰省してた。

家を出ればすぐ側に山。竹林もあれば田畑もある。

家は木造家屋の旧家で縁側でごろごろ(笑)

散歩に出れば自然は何処にでもあるし、

これが「自然」なんだなと段々理解していった。

普段の町には無いものだったからこそ、とても印象深かったのかもしれない。

 

中学生になると、現在の家に引っ越した。

どんな時でも周りは自然に溢れていて、自然の中でも草花や竹林など、

「植物」に目をより向けるようになった。

季節によって目まぐるしく変わる姿や、生命力の強さに惹かれていった。

こんな植物がいるのかとか、もっと知りたいと思い出したのはこの時だったかな。

 

そんなこんなで大学は環境学専攻して、植物の調査に行ったり。

専門職にはならなかったけど、花々をみたり触れたりはやっぱり飽きない。

今日も青々と逞しく生きているであろう彼らに、教わったことは計り知れない。

ただそこに居るだけで、彼らの生きる意義が成立してるように思える。

 

そんな経験も、今では「the world」で昇華されているので良かったかなと(笑)

今後も草木の移ろいを観察しながら生活していこうと思う、椏彈です。

 

▼絵を描くこと

いつから絵を描いてたか定かじゃないけど、物心が付く頃にはもう描いていたかな。

幼い頃から自宅でおもちゃを使って描いてたし、

幼稚園ではスケッチブックにクレヨンでみかん描いてたのを覚えてる(笑)

 

経歴で言えば20年くらいは続けてるんじゃないかな?

同時期に使っていたハサミは未だに現役でよく切れる(笑)

続けられている理由は……自己表現がこれしか無かったからかな。

現実逃避も含まれているかもしれないけど、

ただ「好き」だけではここまで続いてないし、辞めてると思う。

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今ではこんなイラストも描けるようになったけど、ここに至るまでは本当に長い。

中学生まで創作イラスト描いたことないし、描いても下手くそだった。

人間描かせたら「え?」のレベル。

模写をやってキャラ描くので精一杯だった。

 

逃げれなくなったのは高校生の時。

マイナーな文芸部に入部したのが切っ掛けだった。

小説や詩を書くのだから問題無さそうだけど、小説に添える「挿絵」が問題だった。

美術部や上手い人と友達ならあれだけど、まずいない。

挿絵を入れなくても部誌で出せる。

まぁ、プライド的に許せん!てなってね(笑)

結局自分で磨きを掛けることになったんだよね。

おかげで高校3年間でみるみる上達したよ(笑)

 

大学はまた美術部に戻って、様々な画材を操るもっと上手い人がゴロゴロ。

「自分の世界をまだ作れてないよ」

と先輩に言われた時はカチンっ!となったり。

サークルだから様々な人の作品や感性に出会って、

自由に美術に触れることを楽しみつつ

講義では好きな自然や植物の講義の時はテンション上がったり。

この4年間で私の好きがかなり確立されたように思う。

 

今思うイラストを含めた作品に対する、私なりの考えだけど

「作品はその人の思いや感性が伝わる」

と、私は本気で信じてる。

美術部や文芸部に居て、常に感じていたことでもあり、

私の作品を生み出す原動力になってる。

評価されたいなんていう思いもあるだろうけど、

作品に対する愛であったり、自信であったり、

そういった部分もないと、誰かを魅了する作品にはならないと思ってる。

至極当たり前かもしれないけど、忘れがちなことだと思う。

私はこの気持ちを大切にしつつ、今後も創作活動を続けていきたい。

 

▼手紙を書く理由

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